2024年5月26日日曜日

神は愛です

神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。こうして、愛がわたしたちの内に全うされているので、裁きの日に確信を持つことができます。

新約聖書 ヨハネの手紙一 4章 17節

40年程前、まだ、20代に入った頃、人間は死んだらどうなるのだろう?当時では、まだ珍しい拒食症になった時に、死を意識し始めた。幸いにも、小学生まで教会学校に時々行っていたので、母が聖書をクリスマスにプレゼントしてくれていたので、部屋の奥にあった。聖書の中に答えがあるかも知れないと思い、最初から読み始めた。しかし、神が誰なのかわからなかった。父なる神、聖霊なる神、子なる神…三位一体に躓いていた。しかし、この聖句を読んだ瞬間に、目から鱗が落ちる経験をした。神様がわかったのです。嬉しくて、リビングにいる家族に聖書を見せ神は愛なんだよと伝えた事を今でもしっかりと記憶しています。神は私の内にとどまってくださいっている。今もこれからも感謝です。

(S.K. 60代)



2024年5月19日日曜日

心の貧しい人々は

心の貧しい人々は幸いである。天の国はその人たちのものである。
悲しむ人々は幸いである。その人たちは慰められる。
へりくだった人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ。

新約聖書 マタイによる福音書 5章 3~5節

私は、最初、「心の貧しい人々」の意味が理解できずにいました。
はて?心が貧乏とはどういうことなのだろうかと思いました。
そして、貧しい心が何故幸いなのだろうかと思いました。
貧しいといえば、少ないとか乏しいとか、とても幸いとは思えません。
ですがある時、それは心の支えのない人々を意味するのだと聞き、なるほどと納得しました。心の支えのない孤独な人々に居場所が与えられるのです。
そして、悲しむ人々が慰められ、へりくだった人々が大切にされるのです。暖かいことばに包まれる思いがしました。

悲しく、弱く、へりくだることしかできない立場の人々に、目を向けてくれる存在があるということに幸いを感じます。

(H.K. 60代)



2024年5月12日日曜日

羊飼いの信仰

羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

新約聖書 ルカによる福音書 2章 20節

救い主にお会いした羊飼いたちが「神をあがめ、賛美しながら帰って行った」という姿は、聖書を読み始めた頃は、少し不思議な思いがしました。救い主にお会いしたのなら生活が一変して劇的な人生を歩むはず…なのに、あっけなくこれまでの生活に「帰って行った」からです。でも信仰生活を続けていくうちに、自分も羊飼いと同じなのだ、と感じるようになりました。洗礼を受けても、日常生活は変わりません。日曜日に礼拝を捧げても、月曜日からはこれまでと同じ仕事、同じ生活を送っています。あの羊飼いたちも救い主に出会ったあと、これまでと同じ過酷な羊飼いの生活に戻って行きました。でも、その生活は「救い主が共にいてくださる」、その永遠に変わらない喜びと確信に支えられる生活へと変えられたのだと思います。

日常の生活の中で不平や虚しさ、徒労感を感じることがあります。そんな時、あの羊飼いたちの姿を思い起こします。私も、羊飼いたちと同じ「救い主が共にいてくださる」という喜びの信仰を共有しているのだということを思い起こします。

(H.K. 50代)





2024年5月5日日曜日

『ベン・ハー』はクリスチャンになってから観る映画……かな

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」

新約聖書 ルカによる福音書 23章 34節

『ベン・ハー』をご存知ですか。ウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演で1959年に公開された名作です。同年のアカデミー賞を11部門(!)で受賞しています。

初めて観た中学生の時はノンクリスチャンだったので、奴隷船と海賊船の激戦、馬を束ねた多数の馬車による競走などがおもしろかったのですが、クリスチャンになって観返すと、この映画のテーマは「赦し」ですね。

舞台はローマ帝国に支配された1世紀初頭のユダヤ。誕生から十字架上の死に至るまで、イエス・キリストが時々登場しますが、ドラマ本体は母と妹を重い皮膚病(字幕では「らい」)にさせた宿敵メッサラに対するベン・ハーの憎悪を中心に展開します。

ドラマ終盤、十字架上のイエスを見入るベン・ハーは、自分を十字架につけたユダヤ人を「父よ、彼らをお赦しください。何をしているかわからないのです。」と弁護するイエスの深い愛に感動し、それとともにメッサラへの憎悪が消えてしまったことに気づきます。帰宅したベン・ハーを皮膚病から癒された母と妹が待ちうけます。そして三人が激しく抱き合うところで大団円。

パンフレットには、「……彼の悲劇が始まった家へと帰った。すると不思議や、母と妹の不治の病がいつの間にか癒えていた。そして、ベン・ハーもまた、今まで握りしめていた怒りと憎しみの剣が消え失せ、……」とあります。怒りと憎しみは三人の再会前に消え失せていたと私は受け止めました。最後の場面、あなたの目にはどう見えるでしょうか。

(H.M. 70代)

ベン・ハーのポスター

左からメッサラとベン・ハー