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2026年8月22日土曜日

神様の恵み

『闇から光が輝き出よ』と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章 6節

私は、このみことばを読むと、あたたかく、やさしく、包み込まれるような感じがします。

神様を信じること、それは、私がふさわしいからではなく、神様からの大きな恵みによるものであることを感じるからです。

日々の生活の中で、いろいろなことがあったとき、心が沈むこともあります。そんなとき、お祈りの中で、このみことばに包み込まれるような安心感に満たされます。

神様が「もっと頑張りなさい」と背中を叩くのではなく、このような私の中にもそっと入ってきてくださり、光を灯してくださるんだなと。とても勇気つけられます。

今回、書きながら、私たちの教会の姉妹が教えてくれた『You Raise Me Up』の歌詞が浮かんだので、記載します。共に歌うことができる恵みに感謝します。

『You Raise Me Up』

心がくらく沈むとき
重荷に耐ええぬとき
わたしはこころ静かにあなたを待ち望む
わたしはたちあがれる
負けない 歩いていく
あなたがいてくださるから
わたしはつよくなれる

(E.O. 40代)


2025年3月23日日曜日

神様のお恵み

ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方にくれても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ばされない。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章 7節~9節

いくつになっても、試験のときは、緊張します。私は、数年前、施設認定要件に必要な新規資格取得のため、数年の研修、実務経験を積み、書類審査に合格しました。いくつかの行程を経て、最終試験は、筆記試験、面接試験でした。面接試験(東京)は、受験者の帰路を優先され、遠方から始まり、私は最終組になりました。面接後、泣きながら帰る受験者もいると聞く中、面接試験までの数時間、ひたすら待ちました。

私は、最後のひとりになりました。しかし、焦っても仕方ないので、ラジオ体操みたいなストレッチをしていた時、このみことばが浮かび、私を勇気づけてくれました。

私は、私の行いや努力でいま、ここにいるわけではない。すべては、神様のお恵みによるものであったこと。これまでも神様がお導きくださったのだから、これからの行く道も、神様がお導きくださること。これからの道も、どうか神様が良しとされる道を導き、用いて下さいとお祈りしました。

これまでも神様がともにいてくださり、この瞬間も、これからも、神様がともにいてくださると改めて思えたとき、神様の大きな御手のなかにおゆだねできる喜びを感じました。

私は、とっても口下手ですが、(ラジオ体操と?)みことばに支えられて、意外にハキハキと面接試験を終えることができました。

神様が導いて下さり、与えて下さったいまの役割を、神様が良しとされるその時まで、果たして行きたいと思っています。

清弘先生が、以前、お話下さいました。「人生は、神様の宝物探しですね。みことばを求めて歩んでいきましょう。」と。日々の生活のなかに、聖書のみことばのなかに、神様の宝物がたくさんあります。私のような器でも、用いてくださることを感謝し、楽しみながら宝物探しをしていきたいと思います。

(E.O. 40代)


2022年7月17日日曜日

見えないもの

見わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章 18節

教会に通い始めた時、教会の階段は急に感じられた。一歩登るごと自分自身に訝りつつ「見えないもの」を見たいとも願っていた。

信仰はバンジージャンプに似ていた。期待と怖さの中、飛んだ。否、飛ばされた。景色が反転し、常識を上下に揺さぶられるうち、ポケットに仕舞ってあった何かが落下していくよう感じた。

背中を押した力が体や心を握ってくれている。安心感の中、今も私は「見えないもの」に目を注ぐため教会の階段を登っている。今もポケットが軽くなったと感じる瞬間がある。その度少し見い出すことがある。明日にはまた何か見せていただけるかもしれぬ。そう思うと新しい日も悪くないように感じる。

ブログを読むあなたといつか共に祈る時が来るように祈っている。今通信のため繋ぐWi-Fiが視覚化できないよう祈りも見えないが、お祈りは容量制限なし、高速通信、時間無制限。確実に繋がること。それは階段を登り続け見えてきたことの一つである。

(K.M. 50代)


2022年1月16日日曜日

内に働かれる神

すると主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」と言われました。だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 12章9節

3年前、がんになりました。入院、手術、抗がん剤治療と続けられました。実は今も、3回目の再発ということで治療のまっただ中にあります。自分の弱さを日々実感しています。自分自身、何も出来ないからこそ、神様に守りささえられていること、まさに神様の力が発揮され、励まされ、心おだやかに過ごせています。

(R.M.  60代)




2021年9月26日日曜日

弱い時こそ見える、本当のこと

わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときこそ強いからです。 

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 12章 10節


聖書には謎のような言葉がたくさんあって、最初に読んだ時は意味がわからない、でも、ある時ふと、腑に落ちることがあります。ああ、これだったのか、と。もしかしたらそれは正しい解釈ではないかもしれない。でも、いつかわかる時が来るまで、小さな謎を含んだまま大切に心にしまっておこう。そう思うようにしています。 

人は、上手くいっている時は何でも楽しくて、自信に満ちて、幸せでいられます。そして、上手くいっていない人、要領が悪い人、みっともない人を軽蔑したりします。努力が足りないからそうなるんだと、社会から排除しようとすらします。でも、弱く惨めな時こそ、人や社会の本当の姿が見えてきます。

辛くて嫌な体験はできればしたくない。でもそれこそがかけがえのない財産だ。聖書のこの言葉で、そんなふうに思えるようになりました。

(F.K. 50代)