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2025年9月13日土曜日

主によって変えられる希望

互いに忍び会い責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主が貴女方を赦して下さったように、あなたがたも同じようにしなさい。……またキリストの平和があなたがたの心を支配するようにしなさい。この平和にあずからせるために、あなたがたは招かれて一つの体とされたのです。いつも感謝していなさい。

新約聖書 コロサイの信徒への手紙 3章13節、15節

朝は一日笑顔で、穏やかに過ごせますように、夜は一日の感謝で、お祈りと聖書の御言葉に耳を傾けています。

 しかし、年もとり、体のつかれもあり、何度注意しても、聞き入れられないと、ストレスと怒りがこみ上げて、ついきつい口調になってしまう自分が嫌になります。

 自分のなかにいる悪魔よ、出ていけと思いながら、この箇所を思い起こすのですが、又同じ事を繰り返している・・・でも、いつの日か、キリストの言葉があなたがたの内に豊に宿るように・・・と祈りの日々です。                                

(F.S. 70代)


2025年7月20日日曜日

闇の力からの救い

御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。

新約聖書 コロサイの信徒への手紙 1章13~14節

闇の力に翻弄されていたとしか言いようのなかった時期がありました。当時、心が深く傷ついていた私は、悲しみから死にたい思いにとらわれていて、どうしようもありませんでした。

死んではいけない、生きなければ、と思うのですが、死にたい思いはぬぐえず、そして、死にたい思いがだんだんと消えてからも、闇の力が私を死なせようとしている、と感じることが多々ありました。

本当は、生きることは私の選択云々ではなくて、神さまのご意思です。神さまが私を造り、命を吹き入れ、生かしておられるのに、「私なんか要らないんだ」という私の思いと、それを私にささやく悪魔が神さまに反していたのです。苦しかったです。

私の命をめぐる戦いは激しかったけれども、神さまは、御子の支配、つまり、イエスさまの守りの御手の中に移してくださいました。なにより、罪が赦されて、神さまと共に、本当の意味で生きることができるようにしてくださいました。

(K.T. 50代)


2022年1月23日日曜日

互いに忍び合い、赦し合いなさい

互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。 

新約聖書 コロサイの信徒への手紙 3章13節

イエス様の教えの根幹は「愛」ですから、聖書には主の愛を説いた箇所がたくさんあります。(この前後の12節~15節もそうです。)ですが、数ある「愛の教え」の中でも、この部分が一番、易しそうでとても難しいと私自身は感じています。

あるできことがきっかけで、たまたまその時の礼拝で読まれたこの聖書箇所にずっと栞を挟んで、折に触れ心に留めていますが、私は心が狭いのでしょう、すぐ人に対して不満や批判がましい気持ちを持ってしまいます。いつも自分の未熟さを思わされる御言葉です。

それでも、こんな私をも主は赦し、愛の交わりに加えてくださいます。その主の愛に信頼し、「主が私を赦してくださったように」同じように愛をもって人と接することができるようにと、祈り続けたいと思います。

(N.N.  60代)