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2025年11月1日土曜日

ひっかかる言葉

互いに災いを心にたくらんではならない。

旧約聖書 ゼカリヤ書 7章 10節

聖書の言葉は落ち込んでいる時に寄り添ってくれたり、順調な時に高慢にならないように戒めの言葉があったり、その時々で私を助けてくれている。最近聖書を開き、目に留まった言葉が、この聖句だ。

「悪いことをたくらむなんてことしないよねぇ。」と読みながら思ったが、何故かその言葉が心に引っかかる。

翌朝出勤途中に「今日は、あれをやって、これをやって…今日はあの人が来る日だった。苦手だなあ。一緒の業務でないと良いなあ。」と思った時にハッとした。災いを心にたくらむとはこのことか。相手を苦手だと思う気持ちから私の心は「一緒の業務ではありませんように」という災いをたくらむのだ。

災いをたくらまないためには相手を苦手と思わないことなのだと気づかされる。心に引っかかった言葉は新しい自分へと導いてくれる。

私はこれからも苦手だと思う感情になることはあると思う。でもその感情をこの言葉が思いとどまらせてくれると思う。

聖書の言葉に頼ると、新しい自分がちょっとずつ見えてきてちょっと面白い。

(K.O. 50代)



2022年1月23日日曜日

神の霊によりて

權勢(いきおい)によらず能力(ちから)によらずわが神の霊によりて 

旧約聖書 ゼカリヤ書 4章6節(文語)

私は社会福祉の現場で働いています。頻繁に支援の限界を感じています。所詮は人間の仕業、と思いながら、現場は日々多様で複雑な課題に向かい続けています。とにかく、出来ることを一つひとつ行動していくことで解決したりしなかったり。この聖句は、現場の先輩が好んだ言葉ですが、「最後は神頼み」という意味で私の支えでもあります。教会や聖書で知った言葉は多く、身についたものは無いという情けなさですが、困ったときは嵐が過ぎ去るまで、神様に身を投げ入れることの繰り返しをしているようです。人間の生活は喜びと悲しみの表裏一体。社会福祉の現場は駆け込み寺でもあります。職員としての限界に直面すれば、「神様なんとかしてください」と言わざるを得ません。信者冥利でしょうか。

(H.T.  50代)