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2024年7月14日日曜日

私を強くする力

わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 4章 13節

数年前、定年にあたって私は後事を信頼する女性の後輩に任せて管理職を退き、定年後再雇用職員となりました。後輩は才能豊かなやり手であり、それゆえにとんがっているところがあって仕事に厳しい人でした。それが災いしたのでしょう、1年後、部局の責任者がこれみよがしのパワハラを始めました。私が現場に居合わせた時はその都度、違法性を指摘してパワハラ行為を止めました。ところが、時間が経つとまた繰り返すという確信犯で、他の管理職も見てみぬふりでした。思いあまった私は仕事で知り合った弁護士に相談。違法性がはっきりしていると確信して後輩と共に組合に告発しました。

当時の私は最末端の職員です。上に逆らってその後どうなるかわかりません。しかし、元部下の苦衷を見過ごすことはできませんでした。そんな決断を支えたのはこの聖句にあるように、私を支えてくださる神さまがおられると信じていたからです。

幸い私と後輩の告発は組織の最高責任者の耳に届き、彼の英断でパワハラ上司は処分されました。かろうじて組織の健全性が保たれた事件でした。

(M.I. 60代)



2023年11月19日日曜日

ただ天国をめざして前進するだけ

兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 3章13-14節

天命が見つからぬうちに高齢に達したところで冒頭にある聖書の言葉に出会い、実績を残すことばかり考えて大切なことを忘れていた自らの失敗に原因があるとわかりました。そして今、残りの生涯は神様の御計画に従って歩み、天国を目指して前進するだけの日々を送っています。その生活は充実し、豊かさに富んでいます。祈るうちに為すべき事はすべて神様が備えて下さり、迷いもなく、それらに集中できるのも喜びです。同世代人の死が伝えられる昨今、私の場合、結果を出せずに死んだとしても、死後に天国で拝見するイエス様の笑顔こそ、神様が私に下さる評価だと信じています。

(N.M. 70代)




2023年5月28日日曜日

神様が教えてくれる

どんなことでも、思いわずらうのはやめなさい。何事につけ、感謝をこめて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 4章 6節

本当につらいとき、どちらかの道をえらばなければならないとき、ああしたらどうか、こうしたらどうか、と色々考えることがあります。そんな時神様に頭をたれておいのりします。そして、「神様ならどうしますか。教えてください」と、頭をまっ白にしてありのままをうちあけます。

おいのりをしていると、考えがはっきりしてくることもあれば、毎日の生活をするなかで自然と道がひらけてくることもあります。これって、神様にみちびかれているということだと思います。


わたしの前にある人生は、神様がつくってくれた道だと思っています。だから分かれ道に来ると、いつも立ち止まってお祈りします。

「神様ありがとうございます」といってお祈りすると、気持ちがほわっとあたたかくなっているのがわかります。

神様はいつもわたしたちのそばにいて、光をてらしてくれています。それって、神様の愛なんだと思います。

(Y.T. 50代)











2022年10月30日日曜日

未来を握っておられるイエスさま

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 4章 6節~7節

かつて私が将来について、とてもとても不安がっていたとき、あるクリスチャンにこんなことを言われました。「人間は、過去を見れば後悔し、未来を見れば不安になる。でも、未来を握っておられるのはイエスさまなんだよ。」と。それを聞いて、ほっと安堵しました。

私たちはただ、いつも共にいてくださる神さまに、どんなことについても、感謝を込めて祈り、願い、求めているものを打ち明けていけばいいのだと、この聖書の言葉は語りかけます。生きていると立ち向かえないんじゃないかと思うような出来事も起こりますが、それでも、毎日毎日、神さまに祈りながら歩んでいくときに、たしかに天からの平安によって守られた、という経験をしてきました。これからも、未来を握っておられるイエスさまに信頼して、明日も生きようと思います。

(K.T. 40代)


2022年7月17日日曜日

祈りに支えられて

苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生む

新約聖書 ローマの信徒への手紙 5章 3~4節

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 4章 6節

原因不明、治療法なしという病気で入退院を繰り返していた夫に付き添い、自分も壊れてしまいそうな日々を過ごしていた時、受洗準備の指導を受けていた時に出会った聖句です。

苦しさと絶望の中で、一体本当に希望にたどり着けるのか半信半疑の毎日で、私にできることは、神様にお祈りすることだけでした。そのうちいつしか心が楽になって行き、私にとってうれしい奇跡のようなものでした。神様に感謝し、信じて祈ることの大切さがよくわかりました。

そして今一番の聖句は「いつもよろこんでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。」(テサロニケの信徒への手紙一 5章16節、17節)です。

(Y.T. 70代)


2021年12月5日日曜日

天の国に属する者として

しかし、わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。 

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 3章20節

 

クリスマスに向けて準備を始める時期になりました。私にとっては、生まれて初めて、母国であるメキシコ以外で迎えるクリスマスになります。そこで今年は特に、上に記した使徒パウロの言葉を心に留めながらクリスマスまでの期間を過ごしたいと思っています。

私は今年から日本で生活しています。その中で日本に住む外国人、またクリスチャンとして、このパウロの言葉の意味をより深く思い巡らせるようになりました。母国から遠く離れた地に住むメキシコ人として、故郷の家に帰りたい、そして幼なじみや学生時代の友人に会いたいと強く願う気持ちもあります。私のように外国生活を送る者の多くは、このようにいつか母国に帰れる日を待ち望みながら、そのための準備をしているのではないでしょうか。 

イエス・キリストを通して罪を赦され、神の子とされた私たちは、この世ではなく天の国に属する者とされました。そのため私たちクリスチャンはこの世界に生きながらも、天の国に国籍があることを覚え、そこからイエス・キリストが再び来られる日を待ち望みながら歩んでいるのです。私が生まれ故郷のメキシコへ帰る日を待ち焦がれながら自分を整えていくように、この世界では「外国人」である私たちが、いつか本国である天の国に迎えられることに思いを馳せながら、今年もクリスマスを感謝してお祝いしたいと思います。

(C.S.  30代)