2023年8月27日日曜日

私の神

恐れることはない、わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。

旧約聖書 イザヤ書 41章 10節

病床で闘う親友に、神様が、牧師先生、イエス様を通じてかけてくださった御言葉です。

親友が恵みを受けた様子も見受けられ、神様にとても感謝いたしました。これからもまだ乗り越えなくてはならない障害が毎日のように続く親友が、この御言葉を信じ、神様に感謝しながら人生に光が再度灯りますように。

(S.K. 30代)


2023年8月20日日曜日

日ごとの糧

あなたの御言葉は、わたしの道の光。わたしの歩みを照らす灯。

旧約聖書 詩編119編105節

私は今、改めて聖書の通読を行っています。今回は新約聖書から始めて、現在は新約を終え旧約聖書に入っています。まず「主の祈り」を捧げ、祈り、聖書、解説書、祈りの順に進め、1日に2章。少しずつですが聖書の御言葉を読み続けることで神様の御心、聖書全体が伝えようとしていることを受け取れるのだと思います。ただ読むだけではなく、また独りよがりの解釈をするのでなく、正しくわかりながら読むことが大事だと考えて、牧師さんの解説書を手引きとして利用している訳です。

「人はパンだけで生きる者ではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」(マタイによる福音書 4:4)という、前半部分はクリスチャンでなくても聞いたことのある有名な御言葉があります。私たちには身体を健康に維持し活動するためのエネルギーとして食物が必要です。しかし同時に、或いはそれ以上に大切なのが精神の糧、私たちの魂を生かす食物、すなわち神の言葉だと言うのです。神様の御言葉は聖書の中にあります。ですから私は日々聖書を読み、御言葉を受け取って生活の中に適用して行きたいと思っています。その励みになっているのは冒頭に掲げた御言葉です。

(70代)


2023年8月13日日曜日

私の救いの聖句

いかに幸いなことでしょう
背(そむ)きを赦され、罪を覆っていただいた者は。

旧約聖書 詩編 32編 1節

50年前、私に救いの確信を与えてくれた聖句です。その前の年の6月にクリスチャンとなり、12月に洗礼を受けた翌月の新年元旦礼拝でもらった聖句です。「もらった」というよりも、くじで引いたのです。「教会でもくじ引きがあるの?」と言われてしまいそうですが、その教会の長年の伝統でした。しかしどういう方法で与えられたものであれ、この聖句が救いの確かさを求めて渇いていた初心者の私の心を支えたことは事実です。

(M.I. 60代)


2023年8月6日日曜日

悲しくても大丈夫

悲しむ人々は、幸いである、
   その人たちは慰められる。

新約聖書 マタイによる福音書 5章 4節

大学一年生の頃でした。クリスチャンになったばかりの私は喜びでいっぱいでしたが、同時に失恋、バイト先でのいじめ、サークルの責任など辛いことも重なりました。そんな時にまるで紙面から飛び出してくるかのように、確かに私の心にぐさりと「語られた」言葉がありました。それはふと開けた聖書の、昔からよく知っていた言葉、でもその時全く違う光で照らされたこの言葉でした。

「悲しむ者は幸いです。」

それを読んだ瞬間、ふいに神様がわかっていてくださるという安らぎに満たされました。理屈でなく、人智を超えた平安が心にやってきたのです。そして唐突に悲しみはなくなってしまいました。

その経験があまりに鮮やかだったので、聖書は生きた本であるというのが、身に染みてわかりました。神様が語ってくださった、それだけで何もかも大丈夫になったのだと思います。

(A.O. 40代)