2024年4月28日日曜日

自分の知識は無に等しい

知恵があなたの心を訪れ、知識が魂の喜びとなり

旧約聖書 箴言 2章 10節

最近、思い込みの恐ろしさを実感させるような体験をしました。現在放映中のNHK大河ドラマ「光る君へ」を通して、自分の思い込みとは違う「源氏物語」の世界が見え始め、調べているうちに、平安時代のイケメンプレイボーイの女性遍歴を描いただけの恋愛小説にしかすぎないと思っていた自分が恥ずかしくなってきました。そこで、原文では難しいと思って「源氏物語」の訳本と参考書を手に入れて勉強し直しています。そして学ぶうちに、この作品の奥深さがわかり始めてきただけでなく、ドラマもさらに面白く見られるようになってきました。ところで、この世は、自分の知らない事柄や、自分の認識を改めなければならない事柄などで満ち溢れているのでしょう。自分の知識は無に等しいーこの真実を悟らせて下さり、その現実と謙虚に向き合う柔軟な心を授けて下さり、学ぶ意欲を下さる神様に感謝しつつ、天国に召されるその日まで学ぶ喜びに満たされ続けながら歩みたいものです。学びを通して与えられる喜びも神様からの恵みです。

(N.M. 70代)



2024年4月21日日曜日

私は絶望しない

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

旧約聖書 創世記 1章 31節

私は、この聖句に希望と励ましを頂いている。世界は話し合いと和解や友情の上でなく、力によって、かろうじて平和という仮の名前でバランスを保っているようにみえる。しかし、その平和は世界のそこここで、もろくも崩れ、憎しみと兵器に支配されてしまっている。自然環境もまた、取り返しのつかない様相を呈しているようにみえる。世界に目を向けるまでもなく、自分を取り巻く家庭、職場、学校、社会でもあきらめてしまいたいような現実がある。私は、神のご計画を知る由もないが、少なくとも神は、心がへこみかけている時にも限りない憐れみを注いで下さっているのを知っている。神は、その目に極めて良い全てをお造りになったのだ、そして、皆に「見よ」と高らかに呼びかけたのだ。困難や苦難の中で、忍耐を覚え、そして平和や問題解決の道を追求する誠実さを神は人に授けてくださった。だから私は、神の「見よ」の呼びかけに応え、全てを良しとされた場に希望を持ち絶望しない。

(E.I. 50代)




2024年4月14日日曜日

導き

あなたの御言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯。

旧約聖書 詩編 119編105節

受洗の喜びと嬉しさ、緊張で迎えた礼拝の招きの詞。

受洗までの長い道程、気づかずにも御言葉によって導き支えられてきたと思います。

悩んだり迷ったり自分一人で答えをだそうとしていたことに気づかせてくださったり、神様どうしてですか?と思う時もその時々に与えてくださる御言葉に励まされ心強く安心し支え助けていただいていると思います。

御言葉によってわたしたちの道、歩みを照らし導いてくださる神様に信頼し歩んでいかれることに感謝です。

(H.O. 60代)


2024年4月7日日曜日

恵みと慈しみはいつもわたしを追う

命のある限り
恵みと慈しみはいつもわたしを追う
主の家に私は帰り
生涯、そこにとどまるであろう。

旧約聖書 詩編 23編 6節

詩編23編1節~6節全体は、さまざまな情景を絵画のように思い描けるように感じられる箇所だと思います。

神様は、私たち人間を、とても大切に思っていて下さいます。私たち人間には到底知りえないところまで、ともにいてくださいます。疲れた魂を生き返らせてくださり、私たち人間が災いと感じられる場面でも、神様はともにいて、励ましてくださるのです。

その神様は、私たちに恵みと慈しみが「私を追う」ほどに、あふれるほど与えて下さる方なのです。そのような神様のもとで、生涯、過ごすことができるとは、なんというお恵みなのでしょう。

私たち人間は、ついつい自分のことを中心に考えがちです。私もそうです。今、こうしていることも当たり前ではなく、すべて神様のお恵みなのです。神様のお恵みに感謝し、毎日を大切に、感謝して歩んで行きたいと思います。

(E.O. 40代)