2024年4月21日日曜日

私は絶望しない

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。夕べがあり、朝があった。第六の日である。

旧約聖書 創世記 1章 31節

私は、この聖句に希望と励ましを頂いている。世界は話し合いと和解や友情の上でなく、力によって、かろうじて平和という仮の名前でバランスを保っているようにみえる。しかし、その平和は世界のそこここで、もろくも崩れ、憎しみと兵器に支配されてしまっている。自然環境もまた、取り返しのつかない様相を呈しているようにみえる。世界に目を向けるまでもなく、自分を取り巻く家庭、職場、学校、社会でもあきらめてしまいたいような現実がある。私は、神のご計画を知る由もないが、少なくとも神は、心がへこみかけている時にも限りない憐れみを注いで下さっているのを知っている。神は、その目に極めて良い全てをお造りになったのだ、そして、皆に「見よ」と高らかに呼びかけたのだ。困難や苦難の中で、忍耐を覚え、そして平和や問題解決の道を追求する誠実さを神は人に授けてくださった。だから私は、神の「見よ」の呼びかけに応え、全てを良しとされた場に希望を持ち絶望しない。

(E.I. 50代)