2022年10月30日日曜日

未来を握っておられるイエスさま

どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。

新約聖書 フィリピの信徒への手紙 4章 6節~7節

かつて私が将来について、とてもとても不安がっていたとき、あるクリスチャンにこんなことを言われました。「人間は、過去を見れば後悔し、未来を見れば不安になる。でも、未来を握っておられるのはイエスさまなんだよ。」と。それを聞いて、ほっと安堵しました。

私たちはただ、いつも共にいてくださる神さまに、どんなことについても、感謝を込めて祈り、願い、求めているものを打ち明けていけばいいのだと、この聖書の言葉は語りかけます。生きていると立ち向かえないんじゃないかと思うような出来事も起こりますが、それでも、毎日毎日、神さまに祈りながら歩んでいくときに、たしかに天からの平安によって守られた、という経験をしてきました。これからも、未来を握っておられるイエスさまに信頼して、明日も生きようと思います。

(K.T. 40代)


2022年10月23日日曜日

イエスよ、早く来てください!

わたしはまた、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は去って行き、もはや海もなくなった。~~~~~~~~~~~~そのとき、わたしは玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、その神となり、彼らの目の涙をことごととくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

新約聖書 ヨハネの黙示録 21章 1節~ 4節

歴史を振り返るまでもなく、現実の目の前に起こっている出来事を見ても、あまりにも人間の非人間的な所業に目を覆いたくなります。権力欲に支配された為政者のためにどれだけ多くの人々の尊い命が奪われたり、住むところを追い立てられたりしていることか。身近に起こる日常の小さなことにもみられる忌まわしい出来ごとも根は同じです。

毎日毎日胸が締め付けられ、「主イエスよ、早く来てください。いつまでこのような世界を放置されるのですか。」と叫びたくなります。聖書には、イエス・キリストが再び地上に来られることが約束されていて、その後、冒頭の聖書のような世界になると示されています。このみ言葉が唯一の慰めであり、希望です。「然り、私はすぐに来る」とヨハネに語られた主イエスよ、すぐに来てください。

(K.O. 70代)







2022年10月16日日曜日

イエス様の矢の一言

すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。

新約聖書 ルカによる福音書 6章 26節

数本の競争課題を追って日々繁忙だった中年時代の或る秋口、私は作業中に発熱に気付き、測れば40℃。所内の病院に行き処方戴いた薬剤を服用して帰宅就寝。だが翌朝も解熱せず重篤な薬疹併発して緊急入院。唯々点滴。病床から望める隣の仕事場の窓々を観ながら悶々。携行した聖書に上掲の御言葉に出遭いました。6人部屋にて気も紛れ、顔の腫れも引き、3週間の後、此の御言葉に伴われて退院。今も思い出深い御言葉です。

(S.K. 80代)





2022年10月9日日曜日

その場で祈る

こういうわけで、わたしも、あなたがたが主イエスを信じ、すべての聖なる者たちを愛していることを聞き、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こし、絶えず感謝しています。どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。・・・

新約聖書 エフェソの信徒への手紙 1章15節~23節

私は若い頃より“気”を感じやすい質でした。子供の内面を探る、教育公務員の私にとってプラスに性分ではありましたが、職場異動の度に、困る事になります。建物の中での“気”を感じ、怖くなり、ある所では、早朝出勤や残業も怖くて出来なくなる程で、業務に支障をきたす様になりました。(世間では霊感と言うのでしょうが、その言葉は増々怖くなるので使いませんでした。)

そこで、思いきって牧師先生に相談すると、この箇所をその場で読む様にすすめられました。この聖書箇所の説明は、難しくて出来ませんが、全て詰まっている感じです。家だけでなく、その場で祈る大切さを知りました。

現在も“気”は感じます。しかし怖がるのではなく、その場で祈る事により少し怖くなくなり生活出来る様になりました。めまいが生じてしまう葬祭場にも行ける様になりました。

(M.E. 50代)



2022年10月2日日曜日

シャドラクメシャクアベドネゴ!

シャドラク、メシャク、アベド・ネゴはネブカドネツァル王に答えた。
「このお定めにつきまして、お答えする必要はございません。わたしたちのお仕えする神は、その燃え盛る炉や王様の手からわたしたちを救うことができますし、必ず救ってくださいます。そうでなくとも、御承知ください。わたしたちは王様の神々に仕えることも、お建てになった金の像を拝むことも、決していたしません。」

旧約聖書 ダニエル書 3章16節

ある年のサマーキャンプのこと。私は叔母に自分の好きな聖書の個所について、熱弁をふるったことがある。小さい頃から好きな話で、そんなにたいした理由もなかったのだが、ダニエル書に出てくるこの3人の友情や信仰心など、いかに自分が好きか、なんとか小難しい理由を見つけ出そうと言葉を探していたら、『私が教会学校にいた頃、この場面で先生が『シャドラクメシャクアベドネゴ!!』って言って片手を上げて叫んでね。何だか呪文みたいでしょ?それが面白くてこの箇所を覚えちゃったの。理由なんて難しく考えることないのよ』と、叔母は明るく笑い飛ばした。

大人になって、好きな聖書個所にもいろいろと難しい解釈しなければ…!と思っていた私は、すごく肩の荷が下りた思いだった。

聖書は普通に面白いし、理由がなくても好きなところがあっても良い。叔母と笑い合った夏の思い出。

(K.N. 40代)