この自由を得させるために、キリストはわたしたちを自由の身にしてくださったのです。だから、しっかりしなさい。奴隷の軛に二度とつながれてはなりません。
新約聖書 ガラテヤの信徒への手紙 5章 1節
ガラテヤの信徒への手紙に信仰について重要な記述があります。5章1節にパウロは次のような聖句を残しています。「この自由を得させるために、キリストは私たちを自由の身にしてくださったのです。」
我が国においてキリスト者になることがどういう意味があるのか、高校3年生の時、明確な答えを出さずに入信し、親の召天に伴い、仏教の位牌を引き継いで現在に至っています。
パウロは得られる自由について断言します。もし割礼を受けるなら、私たちにとってキリストは何の役にも立たない方になります。そういう人は律法全体を行う義務があるのです。律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います。私たちは義とされたものの希望が実現することを、霊により、信仰に基づいて切に望んでいるのです。キリスト・イエスに結ばれていれば割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。
(K.N. 80代)
