主よ、あなたはわたしを究め
わたしを知っておられる。
座るのも立つのも知り
遠くからわたしの計らいを悟っておられる。
歩くのも伏すのも見分け
わたしの道にことごとく通じておられる。
わたしの舌がまだひと言も語らぬさきに
主よ、あなたはすべてを知っておられる。
前からも後ろからもわたしを囲み
御手をわたしの上に置いていてくださる。
旧約聖書 詩編139編 1~5節
天の神様は、私が生まれる前から私を知り、守り愛して導いてくださっています。
これまで、数えきれないほど多くの願いを祈り求めてきました。
祈りは必ず聞かれています。すぐに神様からのお返事がいただけるもの、しばらく待たされるもの、忘れた頃にようやくお返事をいただけるもの、様々ありますが、すべての祈りは聞かれています。
かなり前から祈り求めていた祈りで、そのお返事がよくわからなものがありました。最近になってあらためて思い返し、もしかしたら私の努力が足りないのか?何か私の方に要因があるのでは?と思いめぐらしていました。
そこで気づいたのです。主は私のもっと奥底の、私自身認識していなかった、ずーっと奥深いところにくすぶっていた、私の「真の願い」の方を見ていらしたことを。
もともとの私が願っていた通りになっていたら、きっと、この「真の願い」に気づかず、いつまでたっても、得体のしれない、ドロ沼にはまったままのような、重く暗いものを胸に抱えたままだったかもしれません。
正に、天のお父様はわたしを究めてくださっていました。そして、私が意識していなかった「真の願い」へと私を導いてくださいました。そのことに気づいてから、いつも振り子時計の大きな振り子が左右に揺れるように不安定だったわたしの心に小さな芯ができたように感じました。
祈り求めるとき、いつも思うのは、わたしがベストだと思っていることが本当にベストとは限らない、主は常に主のベストをわたしに与えようとしてくださっている、ということです。
結果が思い描いていたものと違っていたとしても、私を私自身よりも究めてくださっている主を信じてゆだねていけることを幸せに思います。日々、主の愛を感じるたびに、感謝と讃美が心からあふれてとまりません。ハレルヤ!
(N.T. 60代)
