2022年5月15日日曜日

見えないものに目を注ぐ

わたしたちは見えるものにではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章 18節

目に見えないものって何だろうと考えた時に、子どもながらに感じたことがあったので書いてみます。

小学6年の時、国語の時間に作文を書きました。机に原稿用紙をしまいましたが、帰りがけに作文がないのに気づき担任の先生に相談しました。

次の日クラス皆で手分けして探したら、出てきました、焼却炉から。私の作文はくしゃくしゃでした。

理由は分かりませんがその作文を私は提出しませんでした。先生も提出しなさいとはおっしゃいませんでした。

後日、お友達の作文が代表で読まれましたが、それは私の書いた文章そのままでした。考えた末、結局担任の先生にだけは本当のことを話しました。

「彼女が私の作文を書き写した」ことは事実として目に見えましたが、私は彼女がそのようなことをした理由を色々考えざるを得ませんでした。

またその一方で、神様のことを考えました。神様は彼女の苦しい(人の作文を焼却炉に喜んで入れるとも思えないので)気持ちをご存じなので彼女を許すだろう。また、神様は彼女がしたことについてもご存じなのだから、私は黙って彼女を見ていようと思いました。

その直後はお互いに話しかけることもありませんでしたが、卒業式の頃には普通に喋れるようになっていました。

この出来事は、目に見えないもの、お友達の気持ちを真剣に考えたり、神様の愛について考えるきっかけになったように思います。

今でも彼女を思い出します。彼女の上に、神様からの豊かな祝福がありますように。

(Y.T. 50代)