わたしたちの主イエス・キリストの父である神が、ほめたたえられますように。神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与え、また、あなたがたのために天に蓄えられている、朽ちず、汚れず、しぼまない財産を受け継ぐ者としてくださいました。あなたがたは、終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています。
新約聖書 ペトロの手紙一 1章 3節~ 5節
かつて私の伯父は人生最後の病の床において洗礼を受けました。この言葉は、その洗礼式において読まれた聖書の言葉です。伯父の人生は苦労が多く、悲しみも多かったことと思います。そして、病の床において伯父は寝たきりとなっておりました。そのような中、伯父の魂は神さまを求めていました。伯父は、自分は「弱い」と言い、「洗礼を受けたい」と言うようになりました。そして、伯父の人生の残りの日が少なくなった2月のある日、伯父は念願の洗礼を受けました。洗礼を受けたその瞬間、伯父は涙を流しました。
さて、伯父の洗礼式で読まれたこの聖書の言葉ですが、「生き生きとした希望」という言葉がとても印象的です。「生き生きとした希望」とは、病によっても奪われることのない希望、死を突き抜ける希望のことです。神が伯父に「生き生きとした希望」を与えてくださったこと、そして、私も今、「生き生きとした希望」によって生かされていることを心から感謝しています。
(K.T. 40代)




