2023年4月9日日曜日

共に礼拝する恵み、喜び

見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。

旧約聖書 詩編 133編 1節

以前、あらゆることが虚しく感じられる日々が続きました。教会の礼拝には出席しました。神さまに何かを問いたい思いがありました。けれども心が動かず、神さまを賛美することも祈ることもしたくないのです。礼拝堂の中でただ座り、ただ立っていました。そして、ただ目を閉じて周囲の人たちの歌う声と祈りの声を聞いていました。後ろのほうからひときわ大きな声で主の祈りを唱える青年の声が聞こえました。いつもは突飛に聞こえてしまう彼の声が、その時は励ましの声に聞こえました。耳を傾け続けていると、美しい声で、優しい声で、どっしりと重厚な声で、讃美歌を歌う声が私を取り囲み、「支えられている」と気付きました。―私が歌えなくても祈れなくても、他の人たちがそれをしてくれるー。私は沈黙したままそれらの声に自分の心を重ね合わせるようにして神さまを礼拝しました。それ以来、讃美歌も祈りも、周囲の声に自分の声を重ね合わせるようになりました。

あの時、私に一番必要なものを神さまは与えてくださいました。詩編133:1の言葉を実際に経験できるようにしてくださったのです。

(H.K. 50代)