敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
新約聖書 マタイによる福音書 5章 44節後半
「隣人を愛し、敵を憎む」のならごく普通のことですが、神様は何とその逆、「自分を迫害する者」あるいは「あなたがたを憎む者」(ルカ6:27)を愛するようにと言われます。そんなことができるものでしょうか。何だか不合理に思えますよね。
確かに旧約聖書には「目には目、歯には歯」をもって償え(出エジプト21:24)と書いてあるのですが、神の子としてこの世に来られたイエス様は、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)とまで言われます。そうして「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい」(ルカ6:36)と。
実際、神の子であって何の罪もないイエス様が、ご自身を迫害した人間の代わりに十字架にかかられました。では私はというと……とてもとてもできそうにありません。そんな自分自身の罪深さを自覚すると同時に、イエス様のとてつもなく深い愛と憐れみを思わされる御言葉です。世界で繰り返される殺戮を主導する為政者たちの心にも、ぜひこの御言葉が届いてほしいと切に祈ります。
(N.N. 60代)
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