2025年5月18日日曜日

信仰と結婚の共通点

イエスは、御自分を信じたユダヤ人たちに言われた。「わたしの言葉にとどまるならば、あなたたちは本当にわたしの弟子である。」

新約聖書 ヨハネによる福音書 8章 31節

妻がアメリカ人なので、英語話者の友人が何人かいるのですが、彼/彼女らと話していて興味をひかれた英語表現のひとつが冒頭の聖句と関係します。読む前に言っておきます。英文法が嫌いな方は、どうぞこの記事をスキップしてくださいませ。

さて、日本語では「私は43年前にクリスチャンになった/クリスチャンになって43年だ」と言いますが、これが英語だと “I’ve been a Christian for 43 years.”となります。むかし苦労して覚えた「現在完了形」(過去から現在まで<切れ目なく>続いている状態・動作を説明するための時制)です! <切れ目なく>という点がミソなので、何をもって「クリスチャン」と言うのかが重要になります。

冒頭の聖書箇所に触れた今日(2024年9月1日)の礼拝説教を(真剣に!)聞きながら、クリスチャンである(あり続ける)ことと結婚している(し続けている)ことの二つの状態が頭に浮かびました。なぜなら、「42年前に結婚した/結婚して42年だ」も“We’ve been marrying for 42 years”と現在完了(進行)形を用いるからです。

イエスが言う「わたしの言葉にとどまる」とは、イエス(その核心がイエスの言葉)と継続的な交わり・結びつきを保ち続けることで、ここで言う「とどまる」は、ぶどうの木と枝のたとえでイエスが用いた「つながっている」と同じ言葉だそうです。

そうすると、クリスチャンであること、すなわちキリスト信仰を持っていることと、結婚していることの両者の継続には、その対象(信仰の場合はイエス、結婚の場合は結婚相手)に捧げた最初の純粋な思いと関係を保ち続けることが求められているということになりますね。信仰の場合、自分が<いま>クリスチャンだと言えるには、聖書に記されたイエスの言葉にとどまり続けているかどうかにかかっているわけです。

結婚の場合はどうなるか、……それは自分で考えてみてください。

(H.M. 70代)