また、あなたの子孫があらゆる国々の人々を祝福するようになる。それは、あなたがわたしの言葉に素直に従ったからである。
旧約聖書 創世記 22章 18節(現代訳聖書)
ウクライナ出身のお相撲さん、安青錦(あおにしき)が九州場所で初優勝を果たしました! 来場所から大関になることも確定し、日の出の勢いです。優勝後のインタビューで「今のお気持ちを」と促され、「すなおに嬉しいです」と答えていました。
素直に嬉しい? 日本人も頻繁に使っていますが、どうも不自然です。先生の言うことを素直に聞く、与えられた課題に素直に取り組む、素直に白状する、……。動詞が続くと自然ですね。形容詞が続くとダメなのか? 素直に嬉しい、素直に悲しい、素直に楽しい、素直においしい、……。どうやらそうみたい。
こんなことを考えていた時、少し前に読んだ冒頭の聖書個所を思い出しました。アブラハムの信仰姿勢を神がよしとし、祝福してくださる場面です。「素直に従った」から神の祝福を得たのです。いやいや従っただけなら、どうなっていたのでしょう?
よく利用される新共同訳聖書ではここは「~。あなたはわたしの声に聞き従ったからである」です。他の訳もほぼ同様で、「素直に」を加えてあるのは現代訳だけのようですが、とても明快です。なぜなら、世の中には、「形だけ従う」ことがいくらでもあるからです。素直に従ったから神の祝福を得た、としっかり認識することは重要なことではないでしょうか。
上記と関連して、私が大事にしている聖句「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』と言えない」(コリントの信徒への手紙一 12章3節後半。訳は新共同訳)のことにも触れておきます。昔、キリスト信仰を理解できない友人が、そんなこと普通に言えるよと、「イエスは主である」と私の面前で言い放ったことがあります。だから聖書は変だと付け加えて。これは曲解ですが、どうしてそんなことが起こるのか考えてみるのも一興です。私が知る限り、この部分が最もわかりやすいのはリビングバイブルで、「聖霊様の助けがなければ、だれも、ほんとうの意味で、『イエスは主です』と告白できない」となっています。子供用の聖書ながら、あっぱれではないでしょうか。聖書の中には「ほんとうの意味で」とか「心から」を補った方が理解を促進する個所がいくつもあると私には思えます。
(H.M. 70代前半 )



