主なる神は人に命じて言われた。「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」
旧約聖書 創世記 2章 16~17節
数年前、知り合いの家族と車で出かけました。その家族には2歳くらいの女の子がいました。寒い冬の日で、ちょうど家に帰ろうとした頃に雪が降り始めました。女の子のお母さんが娘に「さあ、外に出るわよ。コートを着なさい」と言いました。すると女の子は「コートなんていらない!」と答えたのです。
2歳児はとても手がかかるものです。自分が親よりも自分のことをよく知っていると思い込んでいるのです。親は子どもが安全で健康に過ごすために何をすべきかをよく知っているにもかかわらず、子どもは親の言うことを聞こうとしないことがあります。日本ではこれを「反抗期」と呼び、英語では “The Terrible Twos”と呼びます。
私たちは皆、2歳児のようなところがあると思います。神は私たちが健康で平和な人生を送るための最善の方法をご存知です。人生に必要な基本的な原則はすべて聖書に書かれています。しかし私たちは、自分たちの方が神よりも物事をよく知っていると思い込んでいる。私たちは神が何を言おうとも聞こうとしない。
創世記に記されているアダムとエバの物語は、その理由を説明しています。神はアダムとエバをエデンの園に置き、「園にあるどの木の実も自由に食べてよい。しかし、善悪を知る木の実だけは食べてはならない」と告げました(創世記2:16b-17a)。蛇はエバを誘惑し、「神は、あなたがたがそれ(善悪を知る木の実)を食べると、目が開けて、善悪を知るようになり、神のようになることを知っている」と言いました(創世記3:5)。
アダムとエバは善悪を知る木の実を食べることを選びました。そうすることで、彼らは神に「私たちは自分たちで神になりたい。何が自分たちにとって良いことで、何が悪いことかを自分たちで決めたい。あなたのやり方ではなく、自分たちのやり方で物事を進めたい」と告げたのです。言い換えれば、彼らは2歳児のように振る舞うことを選んだのです。アダムとエバ以来、人類は2歳児のように振る舞い続けています。それが、歴史の始まり以来、世界に苦しみが存在する理由です。私たちが神の道が私たちの道よりもはるかに優れていると認識するまで、その苦しみは続くでしょう。
(C.M. 70代)



