信仰とは、望んでいる事柄を確認し、見えない事実を確認することです。
新約聖書 ヘブライ人への手紙 11章 1節
1937年、「福音商会電機製作所」という、一風変わった社名の企業が誕生しました。「福音」と「電機」。全く異なる世界の言葉のようですが、創業者でありキリスト者の松本望さんは「製品の目的は、音を出すことではない。音によって人に喜びを届けることだ」と経営の理念をかかげました。音を通して、心に光と希望を届けたい。それは、まさに聖書が語る信仰者の姿です。
後に社名は「パイオニア(開拓者)」へと変わりました。その時、松本望さんはこう考えたそうです。「信仰者とは、道のないところに道を造る者である。」その象徴的な出来事として、世界で初めてレーザーディスクを開発した時の話が残っています。製品は全く売れず、社内に不安が広がりました。しかし彼は言いました。「全くの新製品なのだから、売れなくて当たり前だ。慌てるな!」彼には『まだ見えない可能性』が見えていたのではないでしょうか。(「回顧と前進」パイオニア(株)HPより)
それはまさに、ヘブライ人への手紙11章で語られる信仰者達の姿そのものです。
アブラハムは、行き先を知らずに旅立ちました。ノアは、雨一滴降っていない時に箱舟を造りました。信仰とは、今見えている状況が可能性を示しているかどうかではなく、「神は可能にしてくださる」と信じる歩みです。松本望にとって事業とは、信仰を『見える形』にした証でした。まさに信仰とは、心の中にしまい込んでおく理念ではなくて、生活の中に宿り、働きの中に現れ出てくるものです。神さまが与えてくださる、目には見えない心の喜び・希望・平和を形にしていくことです。目には見えないけれど、確かに与えられている神の愛を『福音の担い手、道を切り拓く者(Pioneer)』として、届ける者でありたいと思います。
(H.K. 60代)




