万事(すべてのこと)が益となる。
新約聖書 ローマの信徒への手紙 8章 28節
4年前、職場の後輩に対する上司のパワハラを見かねて文書をもって告発しました。組織を相手にした個人の闘いは孤独な闘いでした。加えてプライベートでも、あるしんどいことに対応を迫られました。こうして周囲から楽しいことが消えました。
私はそれまで、人生に起こる「善いこと」と「悪いこと」を別々のものと考えてきました。ですから、「なぜこんな悪いことが続けて起こるのか」とその意味を理解しかねました。でも、その苦しみの中で、「神が愛である以上、すべて起こることは本当は善いことなのではないか」と気づきました。希望が見えました。
ある医師が医学生の時に手首をガラスで切ってしまい、外科医の道を閉ざされたそうです。やむなく精神科医の道を選び、後年、日本における終末期医療(ホスピス)の第一人者となりました。柏木哲夫先生です。その柏木先生が人生を振り返って、「不運」は実は「幸運」だったのだ、すべては益であったのだと語っています。
2年前、パワハラ上司は辞任しました。職場は後遺症に苦しんでいますが、上記の聖句のごとく、苦しかった経験が益となる日がやがて来ます。
(M.I. 60代)