本当に知恵のある者となるために愚かな者になりなさい。
新約聖書 コリントの信徒への手紙一 1章 18節
私にはこの言葉が単に知恵をひけからさず謙虚であれという諭しには聞こえてこないのです。もちろん謙虚さに欠け反省しきりです。一方、この言葉で『愚かな者』になればいいのだとほっとします。どう愚かかというと、キリストの十字架と復活を愚直に信じることに決めたのです。このことを知恵で納得や論破するのは辛いです。確かに知恵は生きていくのに欠かせません。が、続く19節には『神は、知恵のある者たちを/その悪賢さによって捕らえられる』とあります。知恵は使い方次第で自分を『悪賢さ』へ向かわせます。また自分が『悪賢さ』に騙されるのもいけない。いずれにせよ手前で止まることができたとき、それは自分の内に住んでいる神の霊が引き止めた証です。それを救い主がともにあることへの愚直な信仰が気づかせてくれています。
(T.M. 60代)
