神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。
新約聖書 ローマの信徒への手紙 8章 28節
息子家族に二人目が与えられたという朗報を聞いたのは、夫が余命宣告されて間もなくのことでした。私は手伝ってあげたいという思いを抑えて、お祝いの言葉だけを伝えました。それから数カ月、夫が「俺は食べるものがあれば何とかなるが、あっちは何ともならんだろう。行ってやれよ。」と言い出し、娘も協力してくれるということで、手伝いに行きました。息子からカードと鍵を渡され、少しでも母親が休めるようにと、毎日2歳になる孫を買い物や公園に連れ出し、家事全般をこなし、いつでも食べられるよう食事を用意して、精一杯のことをしたつもりだったのに、ある日公園から戻ると家には誰もいません。慌てて戻ってきた息子が探し回った結果、母子で親せきの家に家出していたことが分かりました。無事に戻ってはきたものの、彼女は上の子を私に取られてしまいそうで、鬼のように感じていたことが分かったのです。次の日曜日、最寄りの教会での御言葉がこれでした。すぐには受け入れられず、家に戻る気にもなれず、デパートを歩き回り、美味しいものと彼女へのプレゼントを買って帰りました。数日後、娘の付き添いで夫が新幹線で孫の顔を見に来ることになり、2~3日後に私も一緒に帰宅しました。帰りの新幹線の中で彼女から「親よりもよくしてもらってありがとう」というメールを受け取り、生まれたばかりの孫を抱いてから1か月余りで夫は天に召されました。
