気前のよい人は自分も太り、他を潤す人は自分も潤う。
旧約聖書 箴言 11章 25節
初めにこの句の後半部分を知り、後に前半があることが分かったが、この箇所については他にも解釈があり、前半が「物惜しみしない者は富み」となっているものもある。
潤うとは渇きの反対語だと思うが、聖書において、渇きとは足りていない、満たされていないことを表わす。だからこそ潤うためにどうすればいいか、その一つとしての例がこの聖句だと思う。人の体が水分を求めるように、また人の心にも程よい潤いが必要である。
コロナ禍、人と人との接触が多分に制限された中で重苦しい気分になった人は多い。生活の中で自分以外の誰かと会話したり、共に行動する中で持ちつ持たれつの関係がある。人との関わりの中で、人は与え、受ける。受けるばかりでなく、与える者でいなさいと示される聖句である。
(R.M. 60代)
