わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人もわたしを幸いな者というでしょう、
力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたから。
新約聖書 ルカによる福音書 1章 47~49節
ある日、イエス・キリストの母となるマリアのもとに天使が来て、「あなたは身ごもって男の子を産む」と言いました。マリアはまだ結婚していなかったのに、神さまの力によって、男の子を身ごもるのです。大変不思議なことですが、このことのゆえに、マリアは神さまをほめたたえました。その言葉の一部を冒頭に掲げました。
これは、「マリアの賛歌」という歌として伝えられています。「マリアの賛歌(マニフィカート)」は、J.S.バッハなど、いろいろな作曲家が曲にしています。私はパイプオルガンを習っているのですが、「マリアの賛歌」を弾いたことがあります。大きな喜びを表す、生き生きとした曲です。
では、なぜマリアは神さまをほめたたえ、神さまを喜んでいたのでしょうか。それは、神さまがナザレという小さな村に住むマリアを顧みてくださったからです。マリアを通して、イエス・キリストの誕生という、神さまの大きなご計画を実現してくださるからなのです。マリアは、神さまが小さな私に目を留めてくださって、神さまの大きなご計画のために用いてくださることがわかり、大きな喜びで満たされていたのでした。
私にとっても、神さまが小さな私に目を留めてくださっていることを日々知ることは、深い安心感とともに大きな喜びです。また、神さまの大きなご計画のために、この私が用いられることは、不思議さを感じるとともに大きな喜びとなります。このような喜びは、すぐに消えてなくなるような喜びではありません。永遠に残る喜びです。そして、永遠に残る喜びは神さまから来るのです。
(K.T. 50代)
