いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。
旧約聖書 詩編 32編 1節
人は、どんな言葉で、人生を締めくくるでしょうか。
夫の父は、子どもがキリスト者になっても全く反対せず、認めていました。しかし、自分が信仰に入る事は、長くありませんでした。
ところがある日、「自分達も洗礼を受けようと思う。」と、電話で決心を伝えてきました。両親共に60代で受洗し、教会に繋がり、母は教会を通って帰天しました。その後、我々は遠く離れていましたからサポート出来ず、父は自己管理を徹底し独居生活をしていました。
その父の最期の頃、手伝いに行くと、食前の感謝で、「神さま、私がこんなに幸いなのは、全てあなたからの恵みです。恵みです、恵みです・・・」と繰り返し、涙が溢れて絶句し、アーメン!と祈りました。
87歳までの人生が駆け巡ったのでしょうか。広島の原爆の日に、人のミスで爆心地に行けず奇跡的に原爆に遭わなかった事。子供2人を幼い内に亡くした事、病や生活の労苦にも神の慰め支えがあり、全てが神さまの守り導きの内であったと感謝と賛美になったのでしょう。
「いかに幸いなことでしょう」、私も感謝し賛美したいと願います。
(M.I. 80代)
