だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。
新約聖書 ローマの信徒への手紙 8章34節
神さまの前で、今まで犯してきた罪を悔い改めて、クリスチャンになっても、神さまに喜ばれないことをしてしまうことはあります。罪を犯してしまうのです。でも、神さまが望んでおられることは、私がそんな自分を責めることではなくて、キリストの愛に留まることなのです。
イエスさまは、繰り返し罪を犯してしまう、弱い私のために執り成してくださるお方です。私が罪を自覚して、なによりも、父なる神さまに「ごめんなさい」と謝ることができるように、イエスさまが導いてくださり、助けてくださいます。そして、神さまに喜ばれる歩みができるようにと、日々、聖書の言葉によって導き、上よりの力によって、助けてくださるのです。言ってみれば、イエスさまは、私のコーチであり、そして、全面的な味方です。とても心強いとともに、慰められ、励まされます。
イエスさまがそのように私たちを執り成すことができるのは、イエスさまが十字架で死なれ、神さまの力によって復活させられたからなのです。イエスさまは私たちの罪を担って死んだだけではないのです。復活したのです。それは、罪と死に対する勝利でした。だから、私たちもキリストの愛に留まることにより、日々、罪に打ち勝つことができる道が開かれたのです。
(K.T. 50代)
