わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かな実を結ぶ。
新約聖書 ヨハネによる福音書 15章 5節
ジョン・ストット著『日毎の聖書』(いのちのことば社、2017年)から、上の聖書箇所について大切なことを学びました。次のような事柄です。
「実に多くのクリスチャンが、実を結ぶとはできるだけ多くの人々にキリストを信じさせることだと考えているのには、驚かされる。そして伝道こそが、救われてクリスチャンになった者の重要な役割であると考えている。しかし、聖書によって聖書を理解するならば、神のぶどう園で結ぶべきぶどうの実とは、公義や正義のことである。一方、新約聖書で御霊の実というとき、それはキリストに似た性質のことである。イザヤ5章、ガラテヤ5:22~23、そしてコロサイ1:10を参照のこと。」(同書373頁下段)
伝道がクリスチャンの重要な役目ではない、と言うのではありません。冒頭の聖句をほかの聖書箇所と関係づけて読むときに言える「豊かな実」とは、愛・喜び・平安・……といった、キリストに似た性質のことだというのです。
そして伝道への思いや行動は、単なる実践の積み重ねや人間的努力ではなく、神様のぶどう園にとどまることで得られる実を育み成長させることによって溢れ出す、ということではないでしょうか。どうやって育み成長させるのか、……それは神様に直接聞いてください。
(H.M. 70代)
