神は、「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」と言われた。
新約聖書 ルカによる福音書 12章 20節
この聖句は、8月31日の聖書日課で示された言葉です。
イエス様は譬えを話されました。
「愚かな者よ」と言われている金持ちは、真面目に働いていた結果、その年は豊作に恵まれました。その豊作で得たものは、「私(自分)の物」と考えました。分かち合うことはせず、蓄えておく倉を建て、これから先、生きていくだけの蓄えも出来たと満足していました。このような考え方は、ごく普通に思えます。
ところが神は、「今夜、おまえの命は取り上げられる」と言います。
人は、自分の命が思い通りになるものでないことを知っています。明日のことすら分からないのです。私たちの命は、神様から与えられいます。また、私たちに与えられたものは、すべて神様からの預かり物に過ぎません。この「愚かな者よ」と言われた金持ちは、「私のもの」だと抱え込んでしまいました。
私たちを愛し、導いて下さっている神様は、私たちに必要なものを必要な時に与え、一日一日を生かして下さっています。その神様に信頼し、愚かな者でなく、賢い者となって生きるとは、神様から与えられているものを、自分だけのものとせず、喜んで他者に分け与えるように、持っているものを必要としている人のために用いていくことです。なかなか実践していくことは難しいですが、少しでも神様に喜んで頂ける様に祈りつつ歩んでいきたいと思います。
(H.K. 60代)



