人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。
新約聖書 ルカによる福音書 9章 25節
日々過ごす中で、私は職場や家庭で、「言い過ぎたのではないだろうか」「上から目線だったのではないだろうか」「あの対応でよかったのだろうか」などど、反芻します。寝る前に聖書日課を開くのは、ひとつには、そのような自分に対して、慰めの御言葉を探したいからです。この聖書日課の接し方が正しいのかわかりませんが、必ず毎日の御言葉の中から自分にあてた神さまからの呼びかけに気づくことができるのです。
その日も、家族に対して、きつい言葉を発してしまいました。聖書日課より与えられた、御言葉がこれです。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」自分が全世界をコントロールするがごとく、自分を第一に最優先にした言動で、結局は一日中、自分自身が嫌な気持ちでいました。折しも、主日礼拝のメッセージで「人は、自分の思い通りになるよう、ほかの人を支配しようとする傾向があるが、まずはキリストが私に仕えてくださっている、私を赦し受け入れてくださっていることに気づき、互いに仕え合うことに思いを向けなさい」と教えていただきました。AIに励ましの言葉を尋ねるでもなく、オンラインセミナーで心の平安を探すのでもなく、ただ聖書を手にとるだけで、その御言葉によって慰めや戒めを受け取る幸いを感謝します。
(60代)




