2026年8月29日土曜日

御言葉に慰められ、戒められ


人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。

新約聖書 ルカによる福音書 9章 25節

日々過ごす中で、私は職場や家庭で、「言い過ぎたのではないだろうか」「上から目線だったのではないだろうか」「あの対応でよかったのだろうか」などど、反芻します。寝る前に聖書日課を開くのは、ひとつには、そのような自分に対して、慰めの御言葉を探したいからです。この聖書日課の接し方が正しいのかわかりませんが、必ず毎日の御言葉の中から自分にあてた神さまからの呼びかけに気づくことができるのです。

その日も、家族に対して、きつい言葉を発してしまいました。聖書日課より与えられた、御言葉がこれです。「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」自分が全世界をコントロールするがごとく、自分を第一に最優先にした言動で、結局は一日中、自分自身が嫌な気持ちでいました。折しも、主日礼拝のメッセージで「人は、自分の思い通りになるよう、ほかの人を支配しようとする傾向があるが、まずはキリストが私に仕えてくださっている、私を赦し受け入れてくださっていることに気づき、互いに仕え合うことに思いを向けなさい」と教えていただきました。AIに励ましの言葉を尋ねるでもなく、オンラインセミナーで心の平安を探すのでもなく、ただ聖書を手にとるだけで、その御言葉によって慰めや戒めを受け取る幸いを感謝します。

(60代)


2026年8月22日土曜日

神様の恵み

『闇から光が輝き出よ』と命じられた神は、わたしたちの心の内に輝いて、イエス・キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る光を与えてくださいました。

新約聖書 コリントの信徒への手紙二 4章 6節

私は、このみことばを読むと、あたたかく、やさしく、包み込まれるような感じがします。

神様を信じること、それは、私がふさわしいからではなく、神様からの大きな恵みによるものであることを感じるからです。

日々の生活の中で、いろいろなことがあったとき、心が沈むこともあります。そんなとき、お祈りの中で、このみことばに包み込まれるような安心感に満たされます。

神様が「もっと頑張りなさい」と背中を叩くのではなく、このような私の中にもそっと入ってきてくださり、光を灯してくださるんだなと。とても勇気つけられます。

今回、書きながら、私たちの教会の姉妹が教えてくれた『You Raise Me Up』の歌詞が浮かんだので、記載します。共に歌うことができる恵みに感謝します。

『You Raise Me Up』

心がくらく沈むとき
重荷に耐ええぬとき
わたしはこころ静かにあなたを待ち望む
わたしはたちあがれる
負けない 歩いていく
あなたがいてくださるから
わたしはつよくなれる

(E.O. 40代)


2026年8月15日土曜日

髪の毛一本を拾う今日にしたい

あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。

新約聖書 マタイによる福音書 10章 30節

教会に来たことのない7歳の小学生に、「神さまは、○○ちゃんの髪の毛の一本一本までも全部知っているんだよー」と話したときの、あの驚いた表情を今でも忘れられません。まさに目を丸くして、驚きと不思議が入り混じった顔で私を見つめてくれました。

その瞬間から、この御言葉と○○ちゃんは、私の中でセットとなっています。そして○○ちゃんは、私が日々祈りに覚えている大切な人のひとりです。

プレッシャーのかかる日の朝、与えられている務めを果たせるか不安になるとき、○○ちゃんのことを祈りながら、この聖書の言葉を思い出します。

――神さまは、私の髪の毛一本一本までも知っていてくださる。その神さまは、人の目にどう映るか、私が上手くできるかどうかよりも、私の心がどこに向いているかに目を留めておられる。今日という日を神さまのためにささげようとする、その小さな思いを喜んでくださる。

不安ばかりが心に広がりそうな日こそ、部屋に落ちている髪の毛を一本拾うように、本当に小さなことでも神さまの前に誠実でありたいと願います。誰の目に留まらなくても、神さまだけが見ていてくださることを信じて、神さまが微笑んでくださるような一日を歩みたいです。そう願いながら、勇気を出して毎朝家を出ます。

(30代)

2026年8月8日土曜日

すべて神様が創造し、良しとされた

神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を地に芽生えさせよ。」そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。

旧約聖書 創世記 1章 11~12節

ある時、田舎の道路脇に茂った雑草1つの葉の美しい形に見入ってしまった。人間にとっては、刈り取らなければならない邪魔な雑草だが、神様はこの葉の形をこんなにも美しく造られたんだと何か感動を覚えた。

真暗闇の深海の小さな生物の生態をテレビで見た。微生物や、魚の死骸の分解されたものを食べて生きている。この密やかに生きている生物も神様が造られて良しとされて生きていると思うと愛おしく感じた。

聖書に、神様は天地創造の後、これらすべてを支配するようにとご自分に似せて人間を造られたと書いてある。人間は、神様が造られたものから、食料を得、家を造り、生活に役立て、探求し、芸術を造ったりしてきたが、破壊もしてきた。「支配せよ」とは「よく管理せよ」という意味であるのに、私物化してきてしまったのではないか。

神様が造られたものは、どんなに小さなものも等しく大切で、そのどれもが欠けてはいけないものとして造られたのだと気付かされた日常のふとした体験だった。

(S.O. 60代)


2026年8月1日土曜日

どんな時も共にいて下さる神様

どんな事でも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いを捧げ、求めているものを神にうちあけなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなた方の心と考えとをキリスト・イエスによってまもるでしょう。

新約聖書 フィリピへの信徒への手紙 4章 6~7節

以前は自分の事を棚に上げ、何事も努力しないといけないと、子供にもその思いを強要していた時がありました。

教会に行くようになり、娘からママは少し変わったと言われました。

一日の始まりの祈りのなかで、大なり小なり、不安や困難に陥る事があります。

 そのような時、何時も共にいて、救いの手を差し伸べて下さる神様に感謝と信頼を持って賛美出来る事を幸せに思って、毎日お祈りしようと思っているのですが、時として感情に流され、自己嫌悪に陥る事も多々あります。

そのような時、自分の弱さを誇りなさいと、言って下さる神様のみ言葉に救われます。

そして私の好きな讃美歌のひとつ、「安かれ我が心よ、主イエスは共にいます、痛みも苦しみをも、雄々しくしのびたえよ、主イエスの共にませば、耐え得ぬ悩みはなし」を口ずさみます。

(F.S. 70代)