2021年10月17日日曜日

父なる神のあたたかさ

まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

新約聖書 ルカによる福音書  15章 20節

 

洗礼を受けてからもしばらくの間、私は「父なる神さま」がどこか厳しい方に感じられ、親しみを持つことができないでいました。ある時、この聖書箇所を詳しく学ぶ機会がありました。ユダヤ人の社会では、この父親のように地位のある人が、人前でなりふり構わず走ったりすることは恥ずかしく、みっともない行為だと。それを聞いて、はっとしました。放蕩の限りを尽くして、みっともない姿で帰って来た息子。その姿を見つけたとたん、人目も構わず、息子と同じみっともない姿をさらして走り寄る父親の姿こそ、イエスさまが教えてくださった父なる神さまの姿なのだと。

やがて、失敗でもしようものなら厳しく罰する父なる神さまのイメージは、私の中から静かに消えていきました。幾度となくやってくる困難に、心がうつむきがちになる時は、その私を憐れに思い、なりふり構わず走り寄ってくださる、あの父なる神さまの姿を思い起こします。

(H.K. 50代)