神は子供の泣き声を聞かれ、天から神の御使いがハガルに呼びかけて言った。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。」
旧約聖書 創世記 21章 17節
自身の信仰生活を振り返るたび、その不真面目さが嫌になります。祈ることができなくなり、神様をとても遠くに感じます。そのようなとき、神様が奴隷ハガルとその子イシュマエルとずっと共にいて、彼らが跪いて祈ったわけではないときにも、その泣き声を祈りとして聞いていてくださったことを思い出します(主日礼拝説教ブログより「泣く声さえも祈りとなる」http://shoeichurch.blogspot.com/2013/07/)。
先日、愛犬を亡くしました。この子は、私が最も孤独なときに出会い、犬を飼うことは絶対に禁止であったにも関わらず、家族となりました。たくさんの幸福な時間を過ごし、年老いてからは、「この子が眠りにつくときには、どうか私の腕の中で」とずっと願ってきました。亡くなる日、幾つもの偶然が重なって腕の中で看取ることができました。今となっては、神様がそのようにしてくださったのだと思います。
(A.S. 20代)
