2025年8月31日日曜日

羊を感じた日

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。

旧約聖書 詩編 23編 1節

私にとって、この箇所は思い出があります。その思い出はつい最近できたものです。それは大学受験のこと。面接で、面接官が聖書の特定の場所を読み、私たちはその場所を開いて、どういうことを言っているか説明する、というものがあります。場所は旧約聖書も新約聖書もあらゆるところから出ます。しかし過去の情報を見ていると旧約聖書は創世記か出エジプト記だし、どれも超有名なところ。新約聖書も同じように有名なところ。詩篇はまぁ出ないだろうと思って私はほとんど対策をしていませんでした。それで、この箇所がタイトルになっているということはまぁ...出たという事なんですね。

それは面接の待ち時間のこと。かなり待ち時間が長く、初めて会う受験生たちと話すようになり、どこ対策した?なんて話になりました。そこで一人の子がここ有名だよね!とこの詩篇23篇を出してきたわけです。私はえ?どこそれ?と場所を教えてもらい一応頭に入れておきました。そしてそのあと丁度そのあと面接でそこが出て、答えられたわけです。羊飼いは当時最も階級が低い人の仕事で、常に羊を守っています。神様は手の届かない存在ではなくて、ずっとそばで見守って、助けてくださったんだなと思った瞬間でした。                                

(S.I. 10代)