神のなされることは、すべて時にかなって美しい。
新約聖書 伝道者の書 3章 11節 (新改訳)
日ごとに暖かさが増してきました。ふと気づいたら、冬の時期、一見して枯れていたように見える紫陽花に、新芽が顔を出していました。この季節になると、自然と心に浮かんでくる歌があります。讃美歌21の575番「球根の中には」です。冬の間、何も起こっていないように見えます。しかし、土の下では神様が私たちのしらない間に、静かに、やさしく準備をして下さっていました。
私たちは、時として、冬のように動きが止まって感じる時期があると思います。しかし、新芽のように、神様は私たちの「目に見えない時間」の中に、様々なやさしい準備をして下さっています。
私たちがこうして新芽に目を留めることができるのも、神様の慈しみの中に生かされているからだと思います。 歌詞の中に「いのちのおわりは いのちのはじめ」ということばがあります。私たちが何かの限界を感じる時にこそ、神様は良いものを準備して下さっていると思います。目に見える花だけでなく、その下にある神様の深い準備に感謝したいと思います。
(E.O. 40代)
