あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。
新約聖書 コリントの信徒への手紙一 10章 13節
今までの歩みを振り返ると、苦しい時期というのは幾度かありました。その都度、心はだいぶ痛みました。「一体、なぜ、そのようなことが起こるのか」と、苦しみの意味がわからず、そのことがまた苦しみとなったりしました。苦しみの中で、「神さまは私を守ってくださらなかったのではないか」という思いになったこともありました。神さまを見失ってしまったのです。それでも、神さまはいつも人を備えてくださり、どんなに苦しくても私が生きていけるようにしてくださっていました。だから、今があります。
ある人は、その時の私に必要な言葉をかけてくださいました。また、別の人は、とにかく私の怒りや悲しみに耳を傾け、混乱した私を受け止めてくださいました。そして、一緒に祈ってくださいました。または、何かを私に言ったりはしなくても、私と一緒に心を痛めてくださっていることが、その存在から伝わってくる人もいました。私の知らないところで、私のために祈っていてくださっていた人も何人もいたことでしょう。神さまは確かに、試練に耐えられるように逃れる道をも備えていてくださいました。
また、ある時は、天からの平安としか言いようのない平安で包まれたこともあります。天の喜びを垣間見せてくださったこともありました。不思議なことですが、苦しみのさなかにおいても、このような平安や喜びは与えられるのでした。今、見えていることがすべてではなく、神さまにはすべてのことが見えていることも、深い慰めとなりました。そして、聖書の言葉から、希望をもって待ち望むことを教えられました。
これらの経験から、苦労することは悪いことではないことを知りました。私は試練を通して、まわりの人々の愛に支えられていることを知り、神さまの愛を知りました。
(K.T. 50代)
