神は言われた。「地は草を芽生えさせよ。種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける果樹を地に芽生えさせよ。」そのようになった。地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。
旧約聖書 創世記 1章 11~12節
ある時、田舎の道路脇に茂った雑草1つの葉の美しい形に見入ってしまった。人間にとっては、刈り取らなければならない邪魔な雑草だが、神様はこの葉の形をこんなにも美しく造られたんだと何か感動を覚えた。
真暗闇の深海の小さな生物の生態をテレビで見た。微生物や、魚の死骸の分解されたものを食べて生きている。この密やかに生きている生物も神様が造られて良しとされて生きていると思うと愛おしく感じた。
聖書に、神様は天地創造の後、これらすべてを支配するようにとご自分に似せて人間を造られたと書いてある。人間は、神様が造られたものから、食料を得、家を造り、生活に役立て、探求し、芸術を造ったりしてきたが、破壊もしてきた。「支配せよ」とは「よく管理せよ」という意味であるのに、私物化してきてしまったのではないか。
神様が造られたものは、どんなに小さなものも等しく大切で、そのどれもが欠けてはいけないものとして造られたのだと気付かされた日常のふとした体験だった。
(S.O. 60代)
