2025年8月31日日曜日

羊を感じた日

主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。

旧約聖書 詩編 23編 1節

私にとって、この箇所は思い出があります。その思い出はつい最近できたものです。それは大学受験のこと。面接で、面接官が聖書の特定の場所を読み、私たちはその場所を開いて、どういうことを言っているか説明する、というものがあります。場所は旧約聖書も新約聖書もあらゆるところから出ます。しかし過去の情報を見ていると旧約聖書は創世記か出エジプト記だし、どれも超有名なところ。新約聖書も同じように有名なところ。詩篇はまぁ出ないだろうと思って私はほとんど対策をしていませんでした。それで、この箇所がタイトルになっているということはまぁ...出たという事なんですね。

それは面接の待ち時間のこと。かなり待ち時間が長く、初めて会う受験生たちと話すようになり、どこ対策した?なんて話になりました。そこで一人の子がここ有名だよね!とこの詩篇23篇を出してきたわけです。私はえ?どこそれ?と場所を教えてもらい一応頭に入れておきました。そしてそのあと丁度そのあと面接でそこが出て、答えられたわけです。羊飼いは当時最も階級が低い人の仕事で、常に羊を守っています。神様は手の届かない存在ではなくて、ずっとそばで見守って、助けてくださったんだなと思った瞬間でした。                                

(S.I. 10代)


2025年8月24日日曜日

「盲学校の卒業生を励ますオルゴール」掲載後のできごと

恐れるな。わたしはあなたとともにいる。

旧約聖書 イザヤ書 41章 10節

私はこの記事が教会のHPに載った直後に、NHKに手紙を書きました。記事を読んだ教会員のひとりが「(ニュースの中で)匿名の贈り主のことも取り上げてほしかった」と言ったからです。手紙には、ニュースに感銘を受けたこと、オルゴールの贈呈はどんな方が(個人? 団体?)実践されているのか、私もこの働きの仲間に加えてもらえないか等、匿名の贈り主と連絡をとりたい旨を記し、簡単な自己紹介と連絡先をつけておきました。

一カ月以上何の音沙汰もなく手紙のことを忘れかけていた7月24日の夜、Eさんという方から突然メールが届きました。ニュースを制作されたNHKのディレクターです。驚きながら中身を読むと、Eさんもオルゴールの贈り主をご存知ありませんでした。盲学校もその方の意志を尊重し、あえて交流は持っていないとのことです。そして最後に、私から手紙を受け取ったことは盲学校に伝えるとありました。肝心のことがわからず残念でしたが、わざわざ連絡してくださったご親切に感謝し、すぐさまEさんにお礼のメールを差し上げました。

すると翌日、Eさんからふたたびメールが来ました。私が見たニュースは、4月20日にNHKで放送された別の番組「Dearにっぽん 心をつむぐオルゴール」で紹介できなかった卒業生のケースをニュースにしたものだそうです。

オルゴールが贈られるようになったきっかけは、61年前(1964年)の新聞記事とのこと。盲学校高等部の生徒が「心の友」としていたクラリネットを公衆電話に置き忘れ、探しても見つからず困っているという内容で、記事を読んだ人が学校に真新しいクラリネットをプレゼントしてくれたそうです。同じ人が翌年の3月、この学校の卒業式に合わせて20人の卒業生にオルゴールを贈ったのがオルゴール交流の始まりです。以後毎年、卒業の時期になると卒業生の数を確認する電話が盲学校に入り、今年を含めてオルゴールを手にした卒業生は670人以上になるということでした。

匿名の贈呈者と盲学校のオルゴール交流が末永く続いてゆきますように。オルゴールを受けった卒業生とご家族の将来に神の特別な守りがありますように。そして、このような素敵な番組をお作りになったEさんはじめNHKの方々が、これからも充実したお仕事をお続けになりますように。                                

(H.M. 70代)


2025年8月17日日曜日

まだ赦せない、でも、赦せたら楽だとは理解している

七の七十倍まで赦しなさい。

新約聖書 マタイによる福音書 18章 22節

マタイによる福音書18章21~35節の聖書の言葉を心にかけています。

ペトロが「兄弟が私に罪を犯したら、何度まで赦すべきでしょうか。七度までですか」と尋ねたとき、イエス様は「七度どころか、七の七十倍まで」と答えられました。

「私には無理だな」と思ってしまいます。私は昔から、変なことにこだわり、固執しやすいです。「赦したほうが楽になれる」「自分のためにも手放したほうがいい」のかもしれませんが、追いつきません。

すごく親しい人との関係で許せないことが起きました。イライラしたり悲しくなったりします。今後の関係性も悩ましいです。

このたとえ話の後半に出てくる「赦された者が赦せなかった話」もまた、興味深いです。

神さまに何度も赦されてきたのに、人に対しては一度の過ちすら赦せずにいる――それでも尚、「赦せました!」とはとても言えず、「赦せたらいいのかもしれないね」程度です。

この正直な気持ちを神さまに隠さず、いつか「赦すことを喜べる心」をいただけるように。

お祈りしながら、歩んでいきたいと思います。                                 

(S.K. 30代)




2025年8月10日日曜日

平和への祈り

彼は答えた。「 心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい、また、隣人を自分のように愛しなさい」とあります。

新約聖書 ルカによる福音書 10章 27節

小学生のとき、広島の「原爆の子の像」佐々木禎子さんの本を読みました。小学生だった私は、原爆を落とした国への怒りを感じました。

20代のとき、隠れキリシタンの歴史を学びたくて、大学の社会人夜間学校に通いました。その繋がりで、長崎に行った際、永井隆先生の記念館を訪れ、永井先生のことを初めて知りました。永井先生は、長崎大学の医師でカトリックの方です。永井先生は、佐々木禎子さんと同じ白血病に罹患されました。私は約60年後に同じ病気になり、いま生かされています。

永井先生の当時の治療内容、体温・採血データの推移を見て、涙がとまりませんでした。また、永井先生の信仰と、実践力に、涙がとまりませんでした。

永井先生がお書きになった本に、「平和をことさらにこわそうとたくらむ人があるように見えますが、その人々を敵にまわして憎んではなりません。相手を憎む心が起ったら、もう自分も平和を願う権利を失ったものになります。」

毎年、この時期になると、いろいろなことを思います。

聖書の隣人愛の御言葉を思います。

日々、私たちができることは、ほんのわずかではありますが、いま、この時代に生かされている役割を考え、祈りつつ、歩みたいと思います。                                 

(E.O. 40代)



2025年8月3日日曜日

登山が教えてくれた神さまの恵み

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。

旧約聖書 創世記 1章 31節

この度、北アルプスの女王と呼ばれる燕岳に登る機会が与えられました。頂上近くには、泊まってみたい山小屋ナンバー1の「燕山荘」があり、そこに泊まるのも楽しみの一つでした。

ところが、北アルプス三大急登の一つと呼ばれる視界のきかない樹林帯の尾根歩きは、「辛いな」「きついな}「下りたいな」とネガティブな思いにさせられました。それでも自分を奮い立たせて登ること6~7時間、「燕山荘」までたどり着いた途端に視界が開け、目の前に広がる立山から槍ヶ岳・奥穂高岳まで連なる北アルプスの山々、さらに南アルプス連山、富士山まで360°の大パノラマが。また、一面に広がるこまくさの大群落、刻一刻とオレンジ色に染まっていく日没の光景、プラネタリウム以上の満天の星空、ご来光とともにピンク色に染まる朝焼けの槍ヶ岳等々。初めて見る光景に、心が豊かになっていくのを感じました。

「燕山荘」の夕食時には、「自然界では、何一つ同じものがないこと。」「魂の感動は心・身ともに即座に蘇生すること。」「感動することで細胞がリラックスしてエネルギーが全身に入ること。」等々、山登りでの小屋主自身の経験を通した講和を聞くことが出来、一層自然の懐の深さを知ることが出来ました。

今回の登山で、天地創造された神さまの偉大さを改めて実感し、神さまを崇め、賛美する機会となりました。神さまの創られた大自然に感動し、心身共に癒された山旅でした。 ハレルヤ!                                  

(H.K. 60代)



2025年7月27日日曜日

神はすべての人を愛する

あなたがたが祭壇に供え物を捧げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置いて、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を捧げなさい。

新約聖書 マタイによる福音書 5章23~24節

神から大きな悔い改めを迫られ、私がイエス・キリストを心に受け入れた時、想像を超える大きな平安が与えられると同時に、こんな私を愛してくださる神は、私以外のすべての人も愛し、救いに導こうとされていることを理解しました。

その頃、私には大嫌いな人物、Sがいました。Sは妻の親しい友人で、私は結婚式にSを絶対に呼ばないでと妻に言ったのですが、妻は気にせずSを招待し、私とSはその日、大喧嘩をすることになります。表立って他人と喧嘩をしたことのない私ですので、Sのことがよほど嫌いだったのだと思います。

救われてから、このSと和解しなければならないという思いが私に強く迫りました。神はすべての人を愛しているからです。

どうすればできるか。電話や手紙で謝る勇気はなく毎日祈っていると、トワ・エ・モアの歌のように「ある日突然」、我々夫婦が出席したキリスト教家庭集会にSの姿があるではありませんか。Sは学生時代の私と同様、クリスチャンになるなんて考えられない人物なのに。

目が合った瞬間、私とSは歩み寄り、「あの時はすまなかった」と互いに謝り、神に感謝を捧げつつ和解の涙を流していました。Sは私と仲たがいした日に大きな衝撃を覚え、やさしさ溢れる私の妻のようになりたい一心で教会につながり、この日の家庭集会を知ったとのことでした。

以上は、私に信仰が与えられた40年以上前に起こった出来事で、それからの信仰生活の大きな励ましになった経験です。冒頭の聖書の言葉を目にするたびに、いくぶんニュアンスは異なりますが、この時のことを思い出すのです。

(H.M. 70代)


2025年7月20日日曜日

闇の力からの救い

御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくださいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。

新約聖書 コロサイの信徒への手紙 1章13~14節

闇の力に翻弄されていたとしか言いようのなかった時期がありました。当時、心が深く傷ついていた私は、悲しみから死にたい思いにとらわれていて、どうしようもありませんでした。

死んではいけない、生きなければ、と思うのですが、死にたい思いはぬぐえず、そして、死にたい思いがだんだんと消えてからも、闇の力が私を死なせようとしている、と感じることが多々ありました。

本当は、生きることは私の選択云々ではなくて、神さまのご意思です。神さまが私を造り、命を吹き入れ、生かしておられるのに、「私なんか要らないんだ」という私の思いと、それを私にささやく悪魔が神さまに反していたのです。苦しかったです。

私の命をめぐる戦いは激しかったけれども、神さまは、御子の支配、つまり、イエスさまの守りの御手の中に移してくださいました。なにより、罪が赦されて、神さまと共に、本当の意味で生きることができるようにしてくださいました。

(K.T. 50代)