「受けるよりは与える方が幸いである」と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。
新約聖書 使徒言行録 20章 35節
クリスチャンとはどんな人でしょうか。神様に喜ばれる人でありたいと願い、人々のために心と時間を使うような人ではないでしょうか。つまり「受けるよりは与える方が幸いである」というみことばを胸に生きている人かと思います。
私の友人のお母様は、家族のために何年も朝5時に起きていたそうです。その話を聞いた時、すごいなあ、私も子どもを産んだらそうなれるのかしらと思ったものです。それから何年か経ち、私も母となりました。ところがどっこい、私の朝といえば、夫より子どもより遅く起き、「珈琲を淹れてくれたら起きる」「背中をかいてくれたら起きる」など駄々を捏ね、朝食の用意されたテーブルにようやく這っていく始末です。
夫に「『受けるよりは与える方が幸いである』とあるけれど、私は受けてばかりね」と謝るのですが、夫はいつも「君からたくさん与えられているよ」と言います。夫にしてあげていることが全く思いつかないのですが、このやりとりから「受けるってなんだろう」「与えるってなんだろう」と考えるようになりました。このように問いながら自分にできることを探していくことが、神様に喜ばれるようでありたいと願いながら生きることなのかな。こんなことを考えながら眠りにつく今日この頃です。
(30代 女性)











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